権利法NEWS

カルテ等の診療情報の提供についての意見

1998年1月19日
厚生省健康政策局
カルテ等の診療情報の活用に関する検討会 御中

〒812-0044
福岡市博多区千代4丁目31番7号 九県前ビル4階
患者の権利法をつくる会
092-641-2150

 

(はじめに)

貴委員会におかれましては、昨年7月10日の第1回委員会以来、医療記録開示あるいは医療記録の電子化の問題などにつきまして精力的に検討を続けておられることに深く敬意を表します。

私たち「患者の権利法をつくる会」は、「医療における患者の諸権利を定める法律案」を起草し、その制定に向け立法要請活動を行うとともに、医療の諸分野における患者の諸権利の確立と法制化をすすめるために必要な活動を行うことを目的として、1991年10月に結成された市民団体であり、現在、全国で約840名の市民と18の市民団体(構成員数合計約4000名)が参加しています。また1995年10月には「医療記録開示法要綱案」を起草し、立法を提唱しています。私たちが提唱している法律案の内容については、添付のパンフレット「与えられる医療から参加する医療へ」をご参照下さい。

ところで貴委員会が検討されている諸課題につきましては、私たち「患者の権利法をつくる会」としても重大な関心を抱いているところです。貴委員会が、患者の権利の確立のためにより一層の役割を果たされることを期待し、以下の意見を述べるものです。

 

(意見の趣旨)

医療記録は、患者の個人情報であり、原則として情報主体である患者自身に開示されるべきものであることは、個人情報の取り扱いに関する国際的な基本原則及び医療におけるインフォームド・コンセントの理念からして当然のことです。医療記録開示(閲覧及びコピーの交付を含む)は早急に法制化されるべきです。

 

(意見の理由)

1 全体の方向性について

先進諸国の多くで医療記録の開示が法制化され、あるいは法制化されていない国においても患者本人が希望すれば実務上開示されており、医療記録開示は世界的な流れであること、また日本においても既にいくつもの医療機関が患者への医療記録開示に踏み出しており、それらの医療機関においては開示の効果について積極的に評価されていることなどは、貴委員会で既に検討されているとおりであり、私たちが改めて申し上げる必要もないと思います。貴委員会座長森島昭夫上智大学法学部教授はジャミックジャーナル誌の取材に応えて「昨今の社会状況や国民意識などから考えても、もうカルテ開示の方向に踏み出すべき時だと考えます」と述べておられますが(同誌97年11月号)、まことに正しい認識であり、貴委員会全体としてその認識に沿った検討を進めていただけるものと期待しています。

2 医療記録開示の必要性

医療記録開示の必要性は、プライバシー保護及びインフォームド・コンセントという二つの理念によって根拠づけられるものです。

医療情報は患者の個人情報であり、個人情報はその収集、利用、保存等あらゆる局面において情報主体である個人のコントロールに服するべきであるというのが現代社会におけるプライバシーの考え方です。その考え方に基づいて個人情報の取り扱いに関する国際的な基本原則を定めているのがいわゆるOECD8原則であり、この原則に従えば医療記録が患者本人に開示されるべきであることは当然です。先進諸国での医療記録開示への趨勢も一つにはこのプライバシー保護の原則に従ったものと言えます。わが国でも、OECD8原則に則って制定された個人情報保護条例の本人開示請求権の行使により医療記録が開示される例が相次いでいます。

また医療におけるインフォームド・コンセントの理念においても、患者本人に対する医療記録の開示は重要な意義を有しています。インフォームド・コンセントは、必要十分な情報を得た上での患者自身の自己決定ですが、その必要十分な情報を提供するのは医療関係者の義務です。この義務の中には患者の要望があれば医療記録を開示することも含まれるというべきです。また自分の医療情報が自分自身に全面的に開示されない状況においては、患者は自己決定を行うにあたって必要十分な情報が提供されているのか否かを判断することが出来ません。医療関係者によって重要な情報が秘匿されている可能性を常に念頭に置かなければならないというのが、現在の患者のおかれた立場です。このような状況において、仮に客観的に見れば必要十分な情報が提供されたとしても、自己決定を行うべき患者自身の主観においては決して必要十分な情報とはなり得ません。すなわち医療記録開示はインフォームド・コンセントの前提としての情報提供において、重要な情報が秘匿されていないことを担保するものであり、その意味においてもインフォームド・コンセントの実践に不可欠なものです。

3 医療記録を患者本人に開示しない理由はない

以上のように医療記録開示の必要性・合理性が明らかであるのに対し、開示に対する反対論ないしは消極論には、全く合理的な論拠が欠けているように思われます。

例えば「日本の現状においては、多くの医療機関において記録が適正に作成・管理されておらず、不適正な医療記録開示は患者をかえって混乱させるのではないか」という意見があります。しかし仮に医療記録が適正に作成されていなくても、それを開示することが、患者にとって特にデメリットになることはありません。勿論医療記録が全くの虚偽であり、それをそのまま開示して患者に誤った認識を植え付けるというようなことがあれば大問題ですが、それは開示以前の問題です。単に不十分な医療記録であるというだけであれば、開示の際に、その記録を作成した医師が補足説明をすれば足りることです。不十分な医療記録が患者の目に曝されることによって患者の信頼を失う、あるいはトラブルが発生することをおそれて開示に反対するとすればあまりに後ろ向きの議論です。むしろ従来患者に対して開示することがなかったからこそ、カルテのお粗末な記載、管理が改善されないままになっているというべきでしょう。

また「医療記録を開示しても患者にそれを理解する能力はないから、医療記録よりも適切な説明が大事である」という意見があります。しかし患者自身に能力がなくても、医療記録の謄写が認められれば、理解する能力のある第三者に見せることによって理解することもできます。また前述のインフォームド・コンセントの担保という観点からすれば、開示した医療記録から新たな情報を得ることよりも、むしろ開示によって医師が重要な情報を秘匿していないという信頼を得ることが出来るという点にメリットがあります。適切な説明は勿論必要ですが、それは医療記録開示の必要性を否定するものではなく、医療記録開示に加えて適切な説明が必要であると理解すべき筋合いのものです。

おそらく医療記録開示に対する反対論ないし消極論の中で最も説得的な根拠があるように見えるのは、主にがんなどの悪性疾患の場合に、病状を正確に伝えることが治療上悪影響を及ぼすことがあるのではないかという意見であろうと思われます。しかしこれが医療記録開示の妨げになり得ないことは、貴検討会で検討された埼玉県立がんセンターの実践でも明らかです。がん治療に積極的に取り組んでいる医師ほど、がん告知にも積極的に取り組んでいるというのが現状であり、そこではがんという病名の告知が、一般に患者の治療に悪影響を及ぼすと考えられてはいません。勿論特殊な場合に、カルテの開示が治療上の悪影響を及ぼすことがないとは言えませんが、それは例外として扱えば済むことです。例えばWHOの「ヨーロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言」(1994年)は「情報は、その提供による明らかな積極的効果が何ら期待できず、その情報が患者に深刻な危害をもたらすと信ずるに足りる合理的理由があるときにのみ、例外的に、患者に提供しないことが許される」といった例外を定めており、アメリカの統一医療情報法やイギリスの医療記録アクセス法にも同趣旨の例外規定があります。例外的に開示できない場合があることから、開示請求一般を否定することは許されません。

4 医療記録開示法制化の必要性

前掲ジャミックジャーナル誌のインタビューにおいて、森島座長は「最終的に制度化するかどうかは別にして、カルテの開示に向けていろいろ問題点を整理し、その上でカルテ開示を実践するための基本的な考え方を提示するのが検討会の大きな役目だ」と述べ、法制化に関する意見を保留しておられるようです。また貴検討会の資料などを拝見いたしますと「開示の真の目標が患者と医師との望ましい関係の構築、信頼関係を高めることにあるとするならば、外圧による開示の拙速な推進が最善の方法とは考えられない」、「記録作成に関する関係者の教育、訓練の推進、作られた記録を適切に管理して活用を図れるような体制整備こそ最も急がれる課題である」、「情報提供については原則的に賛成だが、現在の診療記録は開示を前提に作っていないという経緯を配慮する必要がある」といった、早急な法制化については消極的とも解されるような意見が出されているようです。

しかし私たちは医療記録の開示の実践のためには、医療記録開示を法制化し、医師の義務であることを明示することが絶対に必要であると考えます。

その最も大きな理由は、医療情報は患者の個人情報であるという国際的な常識が、日本の多くの医療関係者において理解されていないというところにあります。前述のとおり医療記録の開示を実践している医療機関もいくらか現れてはいますが、未だに「カルテは医師の備忘録に過ぎない」と考えている医師が多数存在します。このような医師は、まさしく「備忘録に過ぎない」程度のカルテしか作成していないであろうことは容易に想像できますし、医療記録開示が法制化されない限り、「備忘録に過ぎない」ことを盾に決して自主的に開示の方向へ踏み出そうとしないことは明らかです。

「記録作成に関する関係者の教育、訓練の推進、作られた記録を適切に管理して活用を図れるような体制整備こそ最も急がれる課題である」という意見は、多くの医療機関で記録が適正に作成、管理されていないという現状を踏まえたものと思われます。しかし記録が適正に作成・管理されるような体制が整備されてから医療記録開示の法制化を進めるというのでは、法制化は遥か遠い将来の課題となってしまうことは明らかです。なぜならば、記録が適正に作成・管理されていない現状の背景にあるのは、「カルテは医師の備忘録に過ぎない」という誤った意識です。このような誤った意識を、教育・訓練によって変えていこうというのは、医師免許取得後の再教育が全く制度化されていない日本においては「百年河清を待つ」といった感を免れません。

医療記録に関する意識を「医師の備忘録」から「患者の個人情報」へと変えていくためには、医療記録開示の法制化が絶対に必要であり、また開示の法制化こそが、記録の適正な作成・管理を促進していくことになるはずです。記録の適正な作成・管理に関する教育・訓練・体制整備の必要性については私たちも全く異論のないところですが、それは医療記録開示法制化の前提条件ではなく、法制化と並行して推進されるべきことです。

5 結論

以上のとおり、医療記録の開示が早急に実践に移されるべきこと、及びそのためには医療記録開示の法制化により、医療記録の開示が医師の患者に対する義務であることを明確にするべきことは明らかです。上記の立場に立って早急に立法化の作業に入るべきと考えます。

添付資料
パンフレット「与えられる医療から参加する医療へ」
「カルテ開示」(患者の権利法をつくる会編)