第22期議案書

第22期議案書(2011年秋〜2012年秋)

1 患者の権利法制定に向けての動き

 (1) 医療基本法をめぐる動き

 東京大学公共政策大学院医療政策教育・研究ユニット医療政策実践コミュニティー(H−PAC)医療基本法制定チームは、本年3月26日に開催したシンポジウムの場で、医療基本法要綱案を発表しました。
 日本医師会医事法関係検討委員会は、3月28日、定例記者会見で「『医療基本法』の制定に向けた具体的提言」を発表、その中には医療基本法草案が含まれています。
 4月12日の、患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会主催の勉強会「医療基本法の制定を 今こそ!」では、あり方協議会、H−PAC、患者の権利法をつくる会による三団体共同骨子が発表されました。
 同日、全国自治体病院協議会は、記者会見で、医療従事者の地域偏在などを解消する法律の根拠法とするため、医療を国民の共有財産と位置付ける「医療基本法」を提言していく方針を示しました。
 日本歯科医師会は、8月7日付で「医療基本法に対する見解」を発表しました。
 9月4日には、民主党内に、有志議員による「医療基本法」について考える勉強会が発足しました。
 医療基本法に関する議論は、医療界の内外に議論は確実に拡がっています。

 (2) 日本弁護士連合会人権擁護委員会

 日本弁護士連合会(日弁連)は、昨年10月に開催された第54回人権擁護大会で、で公表した「患者の権利法要綱案実行委員会試案」をもとに議論を重ね、本年10月29日、日弁連としての患者の権利法大綱案として公表、厚生労働省に提出しました。三井厚労大臣は翌日の記者会見で、「意見をしっかり聞きながら対応したい」と述べています。

2 安全な医療を目指す動き

 (1) 医療事故調査制度をめぐる動き

 昨年8月に設置された厚生労働省「医療の安全・医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」は、当初、2011年末に中間とりまとめ、2012年春にパブリックコメントを実施し、6月には試案とりまとめという予定でしたが、無過失補償制度を議論する前提として、医療事故調査の議論が必要であるという意見が大勢を占め、検討会内部に「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」が設置され、しばらく棚上げ状態になっていた事故調創設に向けての議論が再開されました。その間、検討会自体は開かれておらず、ここでの無過失補償をめぐる議論は止まっている状態です。
 一方、「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を運営する日本医療安全調査機構は、本年3月、機構内に「診療行為に関連した死亡の調査分析のあり方に関する企画部会」を設置、同企画部会は10月に報告書を提出しました。報告書による調査分析システムのイメージは概ね以下のとおりです。

1) 医療行為が行われる中で生じた、原因不明の予期しない死亡事例等(死産を含む)、または、医療の内容に誤りがあるもの(その疑いを含む)に起因した死亡事例等を中心に、医療機関の管理者は、院内で何らかの検証が必要と判断される事例を、第三者機関に、原則24時間以内を目途に報告する。

2) 第三者機関への届出により医師法21条の異状死届出義務を免除する。

3) 遺族から、診療行為に関連した予期しない死亡の死因を究明する調査を求 められた場合、当該医療機関から資料の提出を受け、意見を聞いたうえで調査 の要否を判断する。

4) 報告を受けた第三者機関は事案をスクリーニングし適切な調査方法を定める。調査方法は基本的に以下の3類型に分かれる。

<1> 院内型:院内で調査分析を実施し、報告書を作成、第三者機関に提出する。

<2> 協働型:院内調査に第三者機関から調査評価医を数名派遣し、調査分析を実施する。

<3> 第三者型:第三者機関が解剖調査から臨床評価すべての調査分析を実施する。

5) 第三者機関に届けられた事例の調査結果については、その調査結果・結論等をすべて把握し、再発防止に資する資料とする。第三者機関が関与した調査結果については、第三者機関が主導して調査結果の説明を当該医療機関と患者側に平等に行う。また医療安全措置改善のために、定期的に事故の概要と再発防止案を公表する。医療機関へのアラートの仕組みなども工夫する。さらに学会報告等で検討の機会や周知徹底の機会とする。

 (2) 産科医療補償制度をめぐる動き

 平成21年1月に発足した産科医療補償制度は、昨年8月に第1回、本年5月に第2回の「再発防止に関する報告書」を発表しましたが、はやくも発足5年後の見直しに向けての議論が始まりました。 本制度に関しては、その原因分析や再発防止策が、医療問題弁護団・研究会全国交流集会で取り上げられる一方、一部の産科医及び法律家から産科医療を崩壊させるものといった厳しい批判を浴びせられるなど、社会的関心を集めています。

3「医療を受ける権利」を巡る状況

 2008年から始まった医学部定員の増員は続いており、2012年の定員は8,991人と、過去最高の数字を更新し続けています。また、2011年度からは、医師のキャリア形成上の不安を解消しながら、地域枠の医師等を活用して、医師不足病院の医師の確保の支援等を行う「地域医療支援センター」の設置がはじまり、2012年度には、設置済みの道府県が、前年度の15道府県から20道府県に増加しました。
このような対策の実効性を評価するには、まだ時間が必要である一方、民主党の政権公約であった後期高齢者医療制度の廃止は事実上棚上げになるなど、「医療を受ける権利」にとっては厳しい情勢が続いています。

4 そのほかの動き

 (1) いわゆる「尊厳死法案」

 「尊厳死法制化を考える議員連盟」は、本年3月に「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」を発表しました。内容的には、終末期におけるリヴィング・ウィルに基づく延命措置の不開始に関し、民事、刑事上の免責と、生命保険契約上の取扱を定めるというものす。同議連は、通常国会への上程を目指すとされていましたが、日弁連や、日本ALS協会等難病団体、障がい者団体の反対は根強く、上程には到りませんでした。

 (2) 医療分野に特化した個人情報保護法

 厚労省の、社会保障分野サブワーキンググループ及び医療機関等における個人情報保護のあり方に関する検討会は、本年9月、「医療等分野における情報の利活用と保護のための 環境整備のあり方に関する報告書」を発表しました。 この報告書は、公的医療機関と私的医療機関とで別な個人情報保護法制が適用される等、現状の問題点から、医療情報の特性に応じた医療分野に特化した個人情報保護法制の必要性を指摘するものであり、その意味では積極的に評価すべきものと考えられます。しかし、その基本方針は、医療情報の利活用の推進を目指すものであり、患者の意思を離れた医療機関相互の情報の共有を容易にし、患者のプライバシーへの危険を増大させる危険を含むことに注意する必要があります。


現段階の情勢

 「つくる会」に続いて、H−PAC医療基本法制定チーム及び日本医師会医事法関係検討委員会が医療基本法要綱案や草案を発表したことにより、医療基本法制定に向けて、具体的なイメージを持った議論ができるようになったことは、大きな前進です。また、「患者の権利」という理念に対して最も強く抵抗すると思われていた日本医師会が、医事法関係検討委員会案という形ではあれ、「患者の自己決定権」や「情報を得る権利」を明確に謳った医療基本法草案を発表したことは、今後の議論に向けてとりわけ意義が大きいと考えられます。患者の権利をどこまで基本法に具体化するのか、患者の権利以外の部分をどこまで拡げるのかといった議論はまだまだ詰めなければなりませんが、医療基本法による患者の権利の法制化という点では、基本法制定を目指す各グループのコンセンサスになったといえます。
 医療事故調査制度をめぐる議論については、昨年は無過失補償の議論の中で医療安全、医療事故再発防止の理念が後退することが懸念される状況でしたが、医療版事故調推進フォーラム等、医療事故被害者たちの粘り強い活動によって巻き返した観があります。日本医療安全調査機構「診療行為に関連した死亡の調査分析のあり方に関する企画部会」報告書は、第三者機関による調査に軸足を置いた厚労省の「第三次試案」及び「大綱案」(いずれも2008年)と、院内事故調査を中心とする日本医師会「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」(2011年)を折衷したバランスのよいものであり、今後の議論の叩き台となり得るものです。
 この問題については、医師法21条及び第三者機関から捜査機関への情報提供という難しい論点が残っています。しかし、医療機関から警察への医療事故の届出は、都立広尾病院事件最高裁判決が出た2004年に年間199件というピークを記録したものの、福島県立大野病院事件の無罪判決が出た2008年から3年連続して減少し、2011年は107件とピーク時の約半分となっています。医療事故、医療ミスを巡る報道も、2000年〜2008年に比較すると、ここ数年は激減しました。これをどう評価するかはともかく、医療事故を巡る社会的状況が2008年当時とは大きく変化していることは確かであり、その意味でも医療関係者に冷静な対応を求める好機だと考えられます。