第16期議案書

第16期議案書(2005年秋〜2006年秋)

(1) 患者の権利一般

 1) 患者の権利法制化に向けた動き

 「ハンセン病問題に関する検証会議の提言に基づく再発防止検討会」が設置され、3月30日、第1回の検討会が開催されました。この検討会は、2005年3月に発表された「ハンセン病問題に関する検証会議」報告書に基づいて設置されたものであり、検証会議の提起した再発防止策実現への道筋をつけることがその役割とされています。
 検証会議の提言する再発防止策の第一の柱は、「患者・被験者の権利の法制化」であり、検討会の委員には、患者の権利法をつくる会の常任世話人である鈴木利廣さん(明治大学法科大学院教授)、同じく世話人である内田博文さん(九州大学法学研究員教授)のほか、薬害被害者である花井十伍さん(全国薬害被害者団体連絡会会長)等も含まれています。
 11月16日に第2回検討会が開催され、「ハンセン病問題に関する検証会議」副座長でもあった内田さんから、再発防止提言の内容及びその提言が導かれるに至った考え方が説明される予定になっています。

 2) 医療制度改革関連法案

 医療法及び健康保険法等の改正を中心とする医療制度改革法案が6月11日に成立しました。
 医療法は、その目的に「医療を受ける者による医療に関する適切な選択を支援するため」、「医療の安全を確保するため」という文言が加わり(1条)が加わり、それに対応する、「医療に関する選択の支援」(第2章)、「医療の安全の確保」(第3章)の章が新設されました。しかし、その一方、健康保険法の改正は、高齢者の自己負担増、療養型病床におけるホテルコストの自己負担など、患者負担を大幅に増加させる内容になっています。

(2) 安全な医療を目指す動き

 1) 医療事故情報収集等事業

 2004年10月に開始された医療事故情報収集等事業は、2006年9月までに6回の報告書を発表したほか、同年8月には平成17年の年報を発表しています。これまでに「手術等による異物残存」、「医療機器の使用に関する事故」、「薬剤に関連した医療事故」、「医療処置に関連した医療事故」、「患者取り違え、手術・処置部位の間違いに関連した医療事故」が個別テーマとして分析対象とされ、事故事例及びヒヤリ・ハット事例が報告されてきました。また2005年10月の第3回報告からは、類似の医療事故が複数報告されているものを「共有すべき医療事故情報」として示しています。
 これまでに8件の「共有すべき医療事故情報」が示されていますが、うち、「グリセリン浣腸による直腸等穿孔」、「インシュリンの単位を誤って投与」については、「共有すべき医療事故情報」として示された後にも、同種事故が報告されています。
 その他、医療事故発生場所、発生時間、当事者の職種、経験年数、部署配属年数等の統計など、情報満載です。分析対象とされているテーマや、「共有すべき医療情報」は勿論のこと、こういった統計的な数字も、きちんと検討すれば医療事故再発防止のヒントになりうるものでしょう。
 このような有益な情報が、各医療現場や医療政策の上でどう活かされているのかという観点からの検証も必要だと思われます。


 2) 診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業

 2005年9月1日から、東京・愛知・大阪・兵庫の4都府県で開始された「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」は、2006年に入って、茨城、新潟、札幌をモデル地区に加え、現在までに33例の調査を受け付けています。そのうち、現在までに7例の評価が終了しており、うち5例について評価結果の概要が公表されています。
 2006年4月に公表第1号となった事例は、肝内胆管癌の術中大量出血による死亡で、病院の内部調査で「明確な死亡原因が明らかにならなかった」とされていたものでしたが、モデル事業による評価は、「早期からの十分な輸血、輸液と積極的な昇圧剤使用などの対応で救命可能であった可能性が高い」とし、病院の内部調査を「原因究明の努力が不十分」と批判するというインパクトの強いものでした。このような評価を踏まえ、内部調査においても、問題になる診療科の医療専門家を外部委員として参加させることの重要性を指摘しています。
 また、統合失調症で入院中の患者が心停止状態で発見されたという事例について、「使用された抗精神剤の投与量は広く受け入れられている投与量の範囲内であり、(死亡の原因として)推測された不整脈の原因を明確に特定することはできない」としつつも、因果関係を否定できないとして、遺族の希望に応じて副作用基金の申請に協力すること、薬事上の報告を勧告するとともに、原因を特定できない症例の情報を共有・蓄積して、将来的な原因究明を進めるためのシステムの必要性を指摘しています。
 未だ事例が少ないとはいえ、貴重な提言がいくつも含まれており、これを現場にどう反映させていくかが大きな課題となります。

 3) 医療事故の全国的発生頻度に関する研究が終了

 2003年に開始された厚生労働科学研究「医療事故の全国発生頻度に関する研究」が終了しました。調査対象とされた病院の4割にあたる12病院が協力を拒絶し、調査は難航したようですが、最終的には18病院合計4839人分のカルテを調査し、入院中の有害事象発生頻度は6%、そのうち予防可能性が高いと判定された事象は23.3%と分析しています。単純に計算すれば、1000人の入院患者のうち14人に、予防可能な有害事象が発生していることになります。今後の医療事故対策、予防可能な有害事象を予防するための対策が重要であることを示すには十分な数字と言えるでしょう。

 4) 医療事故紛争に対する裁判外解決制度及び補償制度

 2005年5月の厚労省の医療安全対策検討ワーキンググループ「今後の医療安全対策について」で課題とされた「裁判外紛争処理及び患者救済等の制度の確立」を巡って新たな動きが始まりました。
 2006年8月31日の地域医療に関する関係省庁連絡会議「新医師確保総合対策」は、対策として「医療事故に係る死因究明制度」を挙げ、「医療事故が発生した場合に、裁判によって解決を図るという現状では、医療従事者が萎縮し、高度先進医療や産科医療等、リスクの高い医療を担う医師がいなくなるとの懸念がある」として、医療事故に係る死因究明のあり方について2006年度内を目途に厚労省から試案を提示し、2007年度に有識者による検討会を開催し、その議論を踏まえ必要な措置を講ずる、としています。また、これと並んで分娩事故に対する無過失補償制度も検討すべき課題として挙げています。
 また、2006年9月に自民党の社会保障制度調査会の許に「医療紛争処理のあり方検討会」が発足し、関係各省庁も交えて、日本医師会等からのヒアリングを始めました。
 一方、日本医師会は、2006年1月に「医療に伴い発生する障害補償制度検討会」報告で、医療事故一般における無過失補償制度を提言するとともに、「分娩に関連する神経学的後遺症(いわゆる脳性麻痺)」の事案に限定して先行実施を求め、8月にその制度原案を発表しました。日本医師会は、自民党の検討会からのヒアリングにおいても、裁判外紛争処理制度には消極姿勢を示しており、とにかく産科医確保の観点から、分娩事故無過失補償制度の実現を強く求めているようです。
 この分娩事故無過失補償制度の議論については、前記自民党検討会のメンバーも「年内に決着をつける」と発言しており、厚労省側の動きとしても、年内に制度の大枠をつくる方針で自民党と協議に入ったと報じられています。

(3) そのほかき

 1) 尊厳死問題

 富山県射水市民病院の人工呼吸器取り外し事件が明らかになって以降、尊厳死法制化をめぐる議論がクローズアップされています。
 この問題については、既に2003年12月に日本尊厳死協会が「尊厳死に関する法律要綱案」を、2005年11月には、「尊厳死(仮称)法制化を考える議員連盟」が「尊厳死の法制化に関する要綱骨子案」を発表しています。これらの案は、医学的に不治と認められ死期が切迫している状態を「末期」と定義し、「末期」において延命措置を希望しない旨の本人の意思表明が存在する場合に、その意思を尊重して延命措置を差し控えあるいは中止した医師の行為を、民事上及び刑事上免責するという点で共通しています。

 2) がん対策基本法

 がん対策基本法が2006年6月16日に成立しました。がん患者が、その居住する地域に関わらず科学的知見に基づく適切ながん医療を受けることができるようにすること、がん患者の意向を十分に尊重してがんの治療方法などが選択されるよう、がん医療を提供する体制の整備がなされることを基本理念とするものであり、がん患者のみなさんの運動の大きな成果です。


現段階の情勢

 「つくる会」が結成された1991年以降の15年間、日本の医療制度は、緩やかながらも確実に、患者の自己決定権が重視する方向に動いてきたと言えます。その一方、医療保障制度は年々貧しいものになりつつあります。
 今回の医療制度改革関連法案で、患者の自己決定権を尊重する一方、患者の自己責任を強調し、自己負担を増加させるという方向性がいっそう明らかになってきました。経済的負担能力によって最善の医療を受けられないとすれば、せっかく獲得した自己決定権も空洞化してしまいます。私たちの提唱する患者の権利法の必要性はますます大きくなりつつあるのではないかと思います。
 また、安全な医療をめざす動きは非常に大きなものになり、医療事故無過失補償制度の実現も視野に入ってきました。しかし、この議論が、「医師確保」という観点から求められているという現在の状況は、患者にとっても決して好ましいものではありません。特に、今回の分娩事故無過失補償制度に向けての議論は、福島県立大野病院の産科事故によって産科医が逮捕されるという事件により、産科医療崩壊を叫ぶ声が大きくなったことに背中を押された面が強いように思われます。
 無過失補償制度の実現が、患者の権利の前進であることは間違いありませんし、勿論、産科医療が崩壊してしまっては患者の権利は実現できません。しかし、無過失補償制度が実現すれば、分娩を扱う医師や医療機関が増加して「産科医療の崩壊」が防げるのでしょうか。むしろ、医療事故情報収集等事業や診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業といった制度の中で、産科医療事故の原因分析を通じて再発防止策が構築され、それが実現されることによって、「産科医療の崩壊」がくい止められるというのが本来の道筋ではないかと思われます。