第12期議案書

第12期議案書(2001年秋〜2002年秋)

 (1) 医療被害防止・補償システムに関する動き

 ここ数年間、高度医療機関における医療過誤が相次いで報道され、安全な医療を求める世論が高まっています。
 本年4月、厚労省は平成12年4月から平成14年2月までの間、全国82の特定機能病院において報告された医療事故は約1万5000件、うち患者に重篤な被害が発生したものが387件であることを公表しました。
 声に応えて昨年5月に発足した厚労省の医療安全対策検討会議は、今年4月に報告書「医療事故を未然に防止するために」を発表しました。
 この報告書は、医療の安全確保のための環境整備は国及び地方自治体の責務であることを確認した上、全ての病院及び病床を有する診療所に対して、従来は特定機能病院にのみ求められていた、医療の安全管理のための指針の整備、事故等の院内報告制度の整備、医療安全管理委員会の開催、医療の安全管理のための職員研修の開催を義務付けることを提言しました。この報告に基づき、本年8月には医療法施行規則の安全管理体制に関する部分が改正され、10月からはこのような完全管理体制が整備されていない医療機関に対する診療報酬の減額査定が行われるようになっています。
 なお、日本医師会は、この医療法施行規則の一部改正を受けて、8月に「医療安全管理指針のモデルについて」を発表しました。病院用モデルと診療所用モデルがありますが、いずれも医療事故発生時の対応として、「救命措置の遂行に支障を来さない限り可及的速やかに、事故の状況、現在実施している回復措置、その見通しなどについて患者本人・家族等に誠意をもって説明するものとする。/患者が事故により死亡した場合には、その客観的状況を速やかに遺族に説明する。」としています。
 また、報告書「医療事故を未然に防止するために」が医療事故報告・調査の制度化に関し、賛否両論を併記し、「法的な問題も含めてさらに検討すること」と結論を留保したことを受けて、7月からは、厚労省に「医療に係る事故事例情報の取扱いに関する検討部会」が発足し、11月までに4回の会議を開催し、議論を続けています。
 昨年3月に発生した東京女子医大心臓外科における医療事故は、このような社会の動きの中で12月になって発覚したものです。今年6月には人工心肺の操作を担当した医師が業務上過失致死罪で、事故後にカルテを改ざんした執刀医が証拠隠滅罪で逮捕され、現在、刑事裁判が行われています。弁護側は、カルテ改ざんは上司である元教授の指示であることを主張しており、今後の裁判の展開が注目されます。

 (2) 医療記録開示に関する動き

 医療記録開示に関する動きとしては、まず個人情報保護法が挙げられます。この法律では、医療機関も個人情報取扱事業者として情報主体である個人からの開示請求に応ずべきことが前提となっており、この法律がこのまま成立すれば、基本的にはカルテ開示の法制化が実現することになりそうです。但し、この法律には表現の自由や知る権利との関係で様々な問題点が指摘され、現在は審議が止まっている状況です。
 また、今年3月の閣議決定「規制改革推進3カ年計画」が、平成14年度中の措置として、「カルテについて、患者プライバシーの保護を図りつつ、患者の開示請求に基づく医師のカルテ開示を普及、定着させるため、診療情報開示に関するルールの確立やガイドラインの整備を行う」としています。
 このような中で、今年7月には、「診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会」が発足し、厚労省におけるカルテ開示の議論が再開されました。この検討会は、直接的には、平成11年7月の医療審議会「医療提供体制の改革について(中間報告)」が、カルテ開示の普及・定着に関し、「診療録等の記載の適正化や用語の標準化、卒前・卒後における診療録記載に関する教育の充実、医療機関における診療記録管理体制の充実など、診療情報の提供及び診療記録の開示の円滑な普及・定着に向けた取組みが重要であり、3年を目途に環境整備を推進することが必要である」、また、その法制化に関して、「この方策の取扱いについては、今後の患者の側の認識、意向の推移、医療従事者の側の自主的な取組み及び診療情報の提供・診療記録の開示についての環境整備の状況を見つつ、さらに検討するべきである」としたことを受けて、3年目であるこの時期に発足したものです。さらに昨年12月の医療法の一部改正に伴う参議院国民福祉委員会付帯決議「カルテの開示については、環境整備の状況を見て法制化を検討するとともに、十分な医療情報の開示を行い、インフォームドコンセントの実が上がるように努めること。なお、カルテについては、遺族の申請による開示も検討すること」を受け、遺族に対するカルテ開示も検討課題に挙がっています。
 一方、日本医師会は、本年10月、カルテ開示ガイドライン「診療情報の提供に関する指針」の改訂を決定しました。改訂のポイントの一つは、これまでカルテ開示の方法の一つとして定義されていた「要約書の交付」を削除したことです。つまり新たな指針においては、カルテ開示の請求に対して、要約書の交付で対応することはできなくなります。もう一つのポイントは、遺族からの開示請求への対応です。従来の指針はこの点に言及していませんでしたが、今回の改訂で、「医師および医療施設の管理者は,患者が死亡した際には遅滞なく,遺族に対して死亡に至るまでの診療経過,死亡原因などについての診療情報を提供する」と明記し、カルテ開示を求めた場合には、「指針」の一般原則に準じてこれに応ずべきものとしました。改訂された指針は、平成15年1月1日実施です。

(3) そのほか

 精神科領域の患者の権利に重大な影響を及ぼす「心神喪失者等医療観察法案」の議論が続いています。厚労省・法務省は、これまでの国会審議などで指摘された問題点を踏まえて若干の修正を行う姿勢を見せているようですが、本質的な部分については変えるつもりはないようです。
 10月には、血液製剤によるC型肝炎感染について国と製薬会社の責任を問う訴訟が東京・大阪地裁に提訴されました。

 

現段階の情勢

 各種のガイドラインによるカルテ開示は徐々に普及しつつありますが、その限界もまた明らかになりつつあります。特に日本医師会のガイドラインに関しては、「裁判問題を前提とする場合には、この指針の範囲外であり指針は働かない」という限定があるため、自分の責任を追及される可能性がある場合には開示を拒否するという医療機関が少なくありません(01/2/28朝日新聞)。
 このような状況の下で、前記「医療事故防止のための安全管理体制の確立に向けて」が、医療事故の場合のカルテ開示の必要性に言及し、さらに「為された医療行為の妥当性について、病院と遺族とで見解が対立していたとしても、そのことを以て開示を拒むべきではない」と明言したことは極めて大きな意義があります。医療事故防止対策問題と、カルテ開示問題とを、それぞれ個別の課題ではなく、いずれも患者の権利という根本に遡って問題提起していくことにより、双方の課題の前進が期待できる状況が生まれています。
 なお厚労省(厚生省)は、「診療録等の診療情報の提供を医療現場において普及・定着させていくために、医療従事者の自主的な取組み及び環境整備を推進する」(医療供給体制の改革について)、「自主的開示の定着及び普及の状況を見つつ開示法制化を検討」(民主党櫻井議員に対する答弁書)としつつ、日本医師会のガイドライン普及に補助金をつけています。本気で法制化を考えているか否か疑問とも言えますが、逆に公費を使って普及を進めたガイドラインでのカルテ開示が不十分な者に留まるとすれば、法制化に踏み切らざるを得ない状況になっていると考えられます。
 厚労省の目指す2002年度医療改革は、患者の医療費自己負担を増加させ、医療を受ける権利を狭めるものですし、総合規制改革会議の中間報告は医療の平等性を大きく歪めるものと言えますが、いずれにせよ今後、国会においてこのような問題が議論されていくことは避けられません。ある意味では危機的状況とも言える反面、医療問題に関する国民的議論を巻き起こすチャンスでもあります。患者の権利に関する具体的な法案を準備しているのは民主党と社民党ですが、医療法改正に関する参議院国民福祉員会付帯決議は与野党含めてほとんどの会派の共同提案であり、カルテ開示、医療事故防止対策を始めとする患者の権利の法制化は、充分な可能性があります。