第21期議案書

第21期議案書(2010年秋〜2011年秋)

1 患者の権利法制定に向けての動き

 (1) 医療基本法をめぐる医療界の動き

 診療放射線技師及び診療エックス線技師によって構成される社団法人日本放射線技師会は、2011年度の開始にあたり、「真のチーム医療を目指すには現行の医師法、保健師・助産師・看護師法、薬剤師法、診療放射線技師法など全ての医療専門職の専門性を活用するために法律を改正することが必要であると思われる。そのためには日本国憲法の理念の下患者側の考え方、医療者側の考え方、その他のステークホルダー側の考え方を取り込みながら、21世紀社会にふさわしい『医療基本法』をつくることを視野に入れた活動が必要である」という考えを公表しました。
 全日本病院協会は、本年6月、「病院のあり方に関する報告書2011年版」を発表しました。その最終章は「医療基本法」であり、「医療提供者が改善しなければならないことはある。しかし、医療提供者の努力でできることには限界があるという事実を、国民にも知っていただかなければならない。/基本理念を明確にし、国民が求める医療がどこまでか、それにはどのような医療提供体制が必要か、その実現にはどれだけの金・人・ものが必要か、その費用の税金・医療保険・個人負担の割合をどうすべきか、という順番で考えなければならない。/医療基本法を医療界および有識者が共に検討し制定することを再度、提唱する」と述べられています。
 また、日本病院会も、その医療制度委員会で、医療基本法についての基本的な考え方を明らかにする方向での検討が始まっているようです。
 日本医師会医事法関係検討委員会が、「『患者をめぐる法的諸問題』について-医療基本法のあり方を中心として-」を発表し、基本的な患者の権利条項を含む医療基本法制定に向けて積極的姿勢を示してたのは2010年3月のことでした。それから1年、医療基本法に関する医療界の議論は確実に拡がっているようです。

 (2) 日本弁護士連合会人権擁護委員会

 日本弁護士連合会(日弁連)は、本年10月に開催された第54回人権擁護大会で、「患者の権利に関する法律の制定を求める決議」を採択しました。前日に開催されたシンポジウムでは、「患者の権利法要綱案実行委員会試案」が公表されています。
 日弁連は、既に1992年の第35回人権擁護大会において患者の権利の確立を求める宣言を採択し、2008年の第51回人権擁護大会で採択した「安全で質の高い医療を受ける権利の実現に関する宣言」でも、患者の権利法制定を謳っていますが、今回はそれをさらに進め、権利法の具体的イメージに踏み込んだ決議になっています。

2 安全な医療を目指す動き

 (1) 医療事故調査制度をめぐる動き

 日本医師会「医療事故調査制度に関する検討委員会」は、本年6月、「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」を発表しました。
 この提言は、全ての医療機関に院内事故調査委員会を設置することを前提に、医療関連死については第一次的に院内事故調での調査を実施し、その能力を超える事案について、現在の日本医療安全調査機構を中心として構築される「第三者的機関」が調査を行うという形が基本になっています。この提言については、「第三者的機関」の組織形態や調査権限、調査対象事件や届出対象事件の範囲などいくつかの問題点が指摘されますが、ここしばらく膠着状態に陥っている医療事故調査制度の議論を動かしていく契機としては貴重です。この提言の冒頭にあるとおり、「これまでの議論をそのまま終焉させてしまうことは、医療界にとってのみならず社会にとって不幸なこと」であり、これを機にもう一度、事故調査制度創設に向けての議論を盛り上げていくことが期待されます。

 (2) 無過失補償制度をめぐる動き

 政府は、「規制・制度改革に係る方針」(2011年4月8日閣議決定)において、「医療行為の無過失補償制度の導入」を掲げました。概要は以下の二つです。

1)誰にでも起こりうる医療行為による有害事象に対する補償を医療の受益者である社会全体が薄く広く負担をするため、保険診療全般を対象とする無過失補償制度の課題等を整理し、検討を開始する。

2) また、同制度により補償を受けた際の免責制度の課題等を整理し、検討を開始する。

 5月、民主党内に「医療の無過失補償制度を考える議員連盟」が発足しました。会長に就任した森ゆうこ参議院議員は、「医療事故に関連した事件は、医療崩壊・医師不足の一つの要因になっている。患者、国民、医者の信頼関係を再構築する意味でも提言していきたい」と抱負を語っています。
 6月に発表された日本医師会の前掲「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」も、患者救済制度の創設に向けて議論を開始すべきとの提言で結ばれています。
 前掲の閣議決定を受け、厚生労働省は「医療の安全・医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」を設置し、8月から検討を開始しました。開催要項によれば、検討課題は以下の4つです。

1) 補償水準、範囲、申請、審査、支払、負担及び管理等の仕組みの在り方について

2) 医療事故の原因究明及び再発防止の仕組みのあり方について

3) 訴訟との関係について

4) その他

 事務局作成の当面スケジュールは、今年末に中間とりまとめ、来年春にパブリックコメントを実施し、6月には試案とりまとめというかなりのスピードです。

3「医療を受ける権利」を巡る状況

 2008年から医学部定員の増員が始まり、この4年間で約17%増、2011年の定員は8,923人となりました。これは過去最高の数字です。しかし、このような合格定員増が医療現場の医師不足を緩和するのはかなり先の話であり、しかもOECD平均並の医師数を確保するには遠く及びません。
 3月11日に発生した東日本大震災は、岩手、宮城、福島の医療施設に甚大な被害を与え、もともと医療過疎地である上記3県の医師不足をさらに悪化させていることが指摘されています。

4 そのほかの動き

 脳死下の臓器提供条件を大幅に緩和した改正臓器移植法が2010年7月17日に全面施行されて以降、1年間で55件の脳死臓器移植が実施されました。55件中49件が、改正によって可能になった「本人意思不明下の家族承諾による提供」とされています。一方、15歳未満からの提供は、この1年間に1例のみです。
 5月に開催された第35回「脳死下における臓器提供事例に係る検証会議」には、親族承諾による提供例(第88例)に係る検証結果の報告書がはじめて提出されました。家族への説明及び承諾については、家族は、「以前、テレビを見ながら、本人が『どうせ灰になってしまうなら、臓器提供してもいいよね』と話していたことを思い出し、もう助からないなら、本人の意思を尊重してあげたい」と、臓器提供を承諾されたと報告されています。


現段階の情勢

 医療基本法制定を求める声は、確実に医療界に拡がっています。必ずしもロードマップ委員会が提言した「患者の権利擁護を中心とする」医療基本法のイメージが共有されているわけではありませんが、新自由主義的な医療改革に対して、医療の公共性を回復しようという考え方は共通していると思われます。医療の公共性の根拠は、医療に関する基本的人権であり、患者の権利です。患者の権利を抜きにした医療基本法はあり得ないはずです。その意味では、医療関係者とともに「患者の権利法制化」について議論するチャンスが、かつてない程に拡がっているのが現在の情勢とも言えます。
 無過失補償制度が検討のテーブルに上ったことは大きな前進ですが、医療訴訟リスク回避を求める声に押されて、医療安全、医療事故再発防止の理念が後退することがやや懸念される状況です。