第20期議案書

第20期議案書(2009年秋〜2010年秋)

1 患者の権利法制定に向けての動き

 (1) ハンセン病問題に関する検証会議の提言に基づく再発防止検討会

 ハンセン病問題に関する検証会議の提言に基づく再発防止検討会(通称ロードマップ委員会)は、既に昨年4月、「患者の権利に関する体系」を整理した上、「患者の権利擁護を中心とする医療の基本法」制定を提言する報告書をまとめ、当時の舛添厚生労働大臣に提出していたところですが、それ以降のI年間、上記「患者の権利に関する体系」の実施に向けた取り組みの状況につき、国・地方公共団体、患者・患者団体、医師・看護師・薬剤師等からヒアリングを重ねた上、「現行法には、医療の基本原則という観点からみた場合に、患者の権利につ いての重要で不可欠な法規定が少なからず欠けている」として改めて医療基本法制定を求める最終報告書をとりまとめ、本年6月、長妻前厚生労働大臣に提出しました。これを受けて長妻前大臣は厚生労働省をはじめとする関係各省庁の担当者から構成されるチームを設置し、取り組みを進めていく考えを示しました。
 これについてはまだ具体的な動きは伝えられていませんが、10月以降、ロードマップ委員会として、取組についての検証作業を行っていくことになっています。

 (2) 日本医師会

 日本医師会医事法関係検討委員会は、本年3月、「『患者をめぐる法的諸問題』について-医療基本法のあり方を中心として-」を発表しました。
 この報告書は、患者の権利に関する諸外国の法制度、日本におけるこれまでの医療基本法をめぐる議論、さらには「基本法」の現代的位置づけなどに関し、ロードマップ委員会における議論を全面的に参照し、基本的な患者の権利条項を含む医療基本法制定に向けて積極的姿勢を示しています。
 あくまでも医事法関係検討委員会としての意見であり日本医師会全体の意見ではないという留保つきであること、医療基本法制定に向けたプロセスとしても、広く国民的議論を行う前段階として医療界内部での徹底した議論の重要性を強調するなど一定の限界はあるものの、患者の権利法制化に向けた医療界内部の動きとして注目すべきものと思われます。

  (3) 日本弁護士連合会人権擁護委員会

 日本弁護士連合会(日弁連)は、一昨年10月に開催された第51回人権擁護大会で、国に対して、「安全で質の高い医療を受ける権利、インフォームド・コンセントを中心とした患者の自己決定権などの患者の権利、並びに、この権利を保障するための国及び地方公共団体の責務などについて定めた患者の権利に関する法律を制定すること」を求める「安全で質の高い医療を受ける権利の実現に関する宣言」を採択しました。この患者の権利に関する法律を具体化するため、昨年度、日弁連人権擁護委員会に患者の権利法PTが設置され、本年度内のとりまとめを目指して日弁連としての患者の権利法案の策定作業を行っています。

  (4) (仮称)医療基本法制定推進フォーラム会

 昨年10月に開催された患者の権利宣言25周年記念集会「今こそ患者の権利・医療基本法を」の実行委員会を機に集まった患者団体、市民団体に、東京大学医療政策人材養成講座(HSP)のメンバー等が加わった(仮称)医療基本法制定推進フォーラムが発足し、勉強会を重ねています。
 このフォーラムは、各々の立場から患者の権利の法制化や医療に関する基本法の制定を求めてきた複数の運動が合流したものであり、上記の日本医師会や日弁連の動きと合わせ、さらに広範なものになることが期待されます。

 (5) 参議院選挙における各政党マニフェスト

 近年、選挙においてマニフェストを掲げることが定着していますが、本年7月の参議院選挙においても各政党それぞれにマニフェストを掲げ、医療問題に対する取組を謳っています。昨年の衆議院選挙に引き続き、社民党が「患者の権利法」制定を、公明党が「医療基本法」の制定をマニフェストとして掲げています。

2 安全な医療を目指す動き

 厚生労働省の「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止の在り方に関する試案〜第三次試案」及び「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案に基づく医療事故調査制度創設への動きは、昨年8月の政権交代により停滞しており、「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」も見直しの対象に挙げられました。
 しかし、モデル事業は、実施主体が日本内科学会から日本医療安全調査機構に代わったものの、これまで通り厚生労働省の補助事業として継続されています。厚労省が示している見直しの方向性も、「全国展開を視野に入れ、実現可能性を十分に考慮する」、「死亡時画像診断を活用する」、「院内事故調査委員会の調査内容をレビューする方式も取り入れる」といった前向きのものです。
 医療版事故調推進フォーラムによる医療事故調査委員会早期設立を求める運動が粘り強く続けられています。昨年の衆議院選挙のマニフェストでは、当時の与党であった自民、公明のほか社民党が医療事故調査制度の創設を謳っていましたが、今年の参議院選挙ではその3党に加えて国民新党が「公的医療事故調査機関の創設」をマニフェストに掲げました。 。

3「医療を受ける権利」を巡る状況

 昨年8月の総選挙では各党それぞれに医師養成数の増大、公的病院に対する支援、診療報酬上の医療従事者の人的労力等、いわゆる「医療崩壊」対策をマニフェストに謳って選挙を闘いました。
 政権与党となった民主党のマニフェストのうち、国立大学病院運営交付金の増額、診療報酬の増額等、医療提供側に対する手当はある程度実現しました。しかし、医療を受ける側についての、「被用者保険と国民健康保険を段階的に統合し、将来、地域保険といて一元的運用を図る」といった政策は具体化される様子はありませんし、選挙前に大きな問題になった後期高齢者医療制度さえも廃止されないままです。
 このような状況下で、地方自治体には、地域医療を守る条例を制定する動きが拡がりつつあります。その嚆矢は昨年7月に制定された奈良県条例「ならの地域医療を守り育てる条例」であり、ついで同年9月には宮崎県延岡市で「延岡市の地域医療を守る条例」が、本年3月には広島県尾道市で同様の条例が制定され、現在、山口県美祢市で制定への動きが伝えられています。地域医療の基本理念を謳った上、地方自治体、地域住民、医療機関それぞれの責務を定めるというのがこれらの条例の基本的なフォーマットになっているようです。

4 そのほかの動き

 昨年7月に改正された臓器移植法が今年7月から施行されました。改正点は以下の3つです。

○ 「脳死した者の身体」=「その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう」との定義から、「その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって」という文言を削除し、「脳死した者の身体」=「脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう」という定義に変更したこと(法6条2項)。

○ 「死亡した者が生存中に当該臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないとき」に加えて「死亡した者が生存中に当該臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合及び当該意思がないことを表示している場合以外の場合であって、遺族が当該臓器の摘出について書面により承諾しているとき」も脳死体から臓器摘出可能としたこと(法6条1項2号)。

○ 生前に臓器提供の意思表示をする場合に、親族に対し当該臓器を優先的に提供する意思を表示できることになったこと(法6条の2)。

 改正前臓器移植法が施行されていた約14年間で実施された脳死体からの臓器提供は86例でした。ところが、7月17日の改正法施行以来9月末までに既に14例の臓器提供が行われており、うち13例は親族承諾によるものです。つまり6条1項2号が付加されたことにより、脳死体からの臓器提供は劇的に増加したと言えます。
 9月に開催された厚生労働省「脳死下における臓器提供事例に係る検証会議」では、親族承諾による提供例に関する検証は、提供後の遺族の心のケアも含めて検証するため、提供から1年程度時間をあける必要があるとしていますが、このような臓器移植の激変が1年間何の検証もないまま進行していくということには大きな問題があります。


現段階の情勢

 昨年8月の政権交代が、患者の権利にいかなる影響を及ぼすかはもう少し長い目で評価する必要があると思われますが、少なくともこの間の動きは、患者の権利の前進を期待させるものとはいえません。特に、自民党政権下で進んでいた医療版事故調創設の議論の政権交代後の停滞は、ある程度予測されたこととはいえ残念です。
 しかし、このような状況は、医療基本法制定の必要性を改めて認識させるものでもあり、現に、日本医師会内部にまでその制定を求める声は拡がっています。地域医療を守る条例を制定する地方自治体が出てきたことも、医療基本法の必要性を裏書きするものと言えます。
 一方、これまで制定されている「地域医療を守る条例」をみると、「(医療の担い手が)市民の命と健康を守る立場にあることを理解し、信頼と感謝の気持ちを持って受診すること」(延岡市)、「医師等医療関係者が限られた体制の中で市民の命と健康を守る役割を担っていることを理解し、適正な受診をすること」(尾道市)といった患者側の責務が規定されており、患者の権利法制化の議論抜きに医療基本法制定の議論が進んでいくことへの不安を感じさせる状況でもあります。
 さまざまな場所から挙がりつつある「医療基本法」制定を求める声を、医療基本法推進フォーラムを核としてまとめていくと同時に、あくまでも患者の権利擁護を中心とした医療基本法というコンセプトを堅持し、その実現に向けて関係者を説得していく必要があります。