第15期議案書
第15期議案書(2003年秋〜2004年秋)
(1) 安全な医療を目指す動き
1) 医療事故情報収集等事業
昨年(2004年)10月1日、財団法人日本医療機能評価機構内に医療事故防止センターが設置され、医療事故情報収集等事業が開始され、本年4月15日に第1回、7月29日に第2回の報告が発表されました。
報告によれば、6月30日現在の登録医療機関は、医療法上報告義務を負う大学病院・国立病院、独立行政法人国立病院機構の病院、特定機能病院(報告義務対象医療機関)が275、それ以外の参加登録申請医療機関が269で、合わせて544。報告件数は、報告義務対象医療機関から770、参加登録申請医療機関から99で合わせて869件です。これらの報告の中から、ある程度の報告数があった「手術等による異物残存」、「医療機器の使用に関する事故」、「薬剤に関連した医療事故」の3つの類型が分析対象として選定され、分析斑が設置されています。第2回報告では、「手術による異物残存」、「薬剤に関連した医療事故」について、かなり詳細な分析が実施されており、今後は具体的な再発防止策の提言に向けてさらに検討を重ねることとされています。「医療機器の使用に関する事故」については、まず最も報告の多かった人工呼吸器に関する事故を検討することになっていますが、第2回報告の時点では、まだ分析内容は発表されていません。
2) 診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業
厚生労働省は、本年9月1日から、東京・愛知・大阪・兵庫の4都府県で、診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業を開始しました。
この事業は、昨年4月に発表された4学会(日本内科学会・日本外科学会・日本病理学会・日本法医学会)共同声明「診療行為に関連した患者死亡の届出について〜中立的専門機関の創設に向けて〜」を契機として構想され、平成17年度の新規事業として予算がつきました。診療の過程において予期し得なかった死亡や、診療行為の合併症による死亡を「医療関連死」として、医療機関から調査依頼を受け付け、臨床医、法医学者、病理学者を動員した解剖を実施し、さらに専門医による事案調査も実施して、正確な死因の分析、診療行為と死亡との因果関係及び再発防止策を検討することになっています。
3) 今後の医療安全対策について
厚労省の医療安全対策検討ワーキンググループは、5月に「今後の医療安全対策について」と題する報告書を発表しました。
この報告書は、平成14年4月に発表された「医療安全推進総合対策〜医療事故を未然に防止するために」に基づく施策が実施されていることを前提として、「こうした関係者の努力にもかかわらず、わが国においては未だ十分な医療安全体制が確立されておらず、医療の安全と信頼を高めるために一層の取組が求められている」という認識のもと、新たな課題として、「医療の質と安全性の向上」、「医療事故等事例の原因究明・分析に基づく再発防止対策の徹底」、「患者、国民との情報共有と患者、国民の主体的参加の促進」の3つを挙げています。
注目すべきは、「医療事故等事例の原因究明・分析に基づく再発防止対策の徹底」についての【将来像のイメージ】の柱として、「医療事故の発生予防・再発防止策の徹底と医療事故の減少」と並んで「医療事故の届出、原因分析、裁判外紛争処理及び患者救済等の制度の確立」が挙げられていることです。さらに、その具体的内容としては、「医療における苦情や紛争については、裁判による解決のみではなく、医療機関等、患者の身近なところで解決されるための仕組と、それが解決しない場合でも、裁判外の中立的な機関で解決を求めることができるという、連続した裁判外紛争処理制度が確立し、短期間で紛争が解決され、患者及び医療従事者双方の負担が軽減されている」、「事故等の際の補償制度が確立し、必要な場合には患者等に対する補償が迅速に行われ、救済が図られている」、「これらの制度が、事故の発生予防や再発防止対策と連動し、効果的な医療安全対策に結びついている」といった項目が挙げられています。
(2) 医療情報提供及び医療記録開示を巡る動き
2003年5月に成立した個人情報保護法が、本年4月1日から全面施行となりました。
個人情報保護法25条1項本文は「個人情報取扱事業者は、本人から、当該本人が識別される保有個人データの開示(当該本人が識別される保有個人データが存在しないときにその旨を知らせることを含む。以下同じ。)を求められたときは、本人に対し、政令で定める方法により、遅滞なく、当該保有個人データを開示しなければならない」と定めています。
厚生省は、個人情報保護法完全施行に向けて、昨年12月に、「医療・介護事業者における個人情報の適切な取扱に関するガイドライン」を策定しており、医療機関等における個人情報の例として、「診療録、処方箋、手術記録、助産録、看護記録、検査所見記録、エックス線写真、紹介状、退院した患者に係る入院期間中の診療経過の要約、調剤録等」を挙げました。
これによって、診療記録の開示は、医療機関の義務であることが法律上明らかにされたと言えます。
なお、施行規則上は、識別される個人の数の合計が過去6ヶ月以内のいずれの日においても5000を超えない小規模事業者は個人情報保護法上の義務を負わないことになっていますが、ガイドラインは、小規模医療機関に対しても法律によって定められた開示義務を遵守するように求めています。
また、法律上は生存する個人の情報が適用対象とされていますが、ガイドラインは、死亡した患者の診療記録について遺族が開示を請求した場合にも、「診療情報の提供等に関する指針」(平成15年9月12日医政発0912001号)に従って開示するよう医療機関に求めています。
厚生労働省の委託によりハンセン病問題に関する事実検証事業を行っている財団法人日弁連法務財団ハンセン病問題に関する検証会議は、本年3月に最終報告書を発表しました。最終報告書で提言された再発防止策は、昨年7月に同会議が発表した「公衆衛生等の政策等に関する再発防止のための提言(骨子)〜ハンセン病問題における人権侵害の再発防止に向けて〜」をより具体的にしたものであり、その筆頭に掲げられているのが「患者・被験者の諸権利の法制化」です。
法制化されるべき内容としては、1)最善の医療及び在宅医療を受ける権利、2)医療における自己決定権及び「インフォームド・コンセント」の権利、3)医療情報を得る権利、4)医科学研究の原則に基づかない、不適正な人体実験、医科学研究の対象とされない権利、5)断種・堕胎を強制されない権利、6)不当に自由を制限されない権利、7)作業を強制されない権利、8)社会復帰の権利などが挙げられており、患者・家族等に対する差別・偏見等を防止するための国等の責務とその施策等についても規定すべきことが求められています。
厚労省は本年度内に、これらの再発防止策を具体化するための(仮称)ロードマップ委員会を設置することを約束しており、患者の権利法制化に向けて大きな前進が期待されます。
また、前述した「今後の医療安全対策」も、「医療安全に関する国、地方の役割と支援」の【将来像のイメージ】として、「医療安全対策に関する国、都道府県、医療従事者の責務及び医療安全の確保における患者、国民の役割等が明確化され、院内感染対策等、医療安全に関連する施策についても法令上整理され、体系的な施策が推進されている」を掲げ、【当面取り組むべき課題】として、「国は、医療安全が医療政策上の最重要課題であり、また、これらの医療安全施策 を着実に実施していくためにも、医療安全対策に関する国、都道府県、医療従事者の責務及び医療安全の確保における患者、国民の役割等の明確化を図る」ことを求めています。
医療安全の面から、患者の権利法制化の必要性を指摘したものと言えます。
現段階の情勢
個人情報保護法によりカルテ開示法制化が実現し、医療事故報告制度も動き始めました。また医療被害救済制度も、その必要性についてはコンセンサスが形成されつつあると言えます。
但し、患者の権利の全体像をみるとところ、昨年の議案書でも指摘したとおり、状況は単純ではありません。
「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005」(骨太の方針2005)は、「医療費適正化」を明記し、保険給付の内容について相当性、妥当性の観点から幅広く検討を行う、としています。混合診療全面解禁は当面見送られたものの、この「医療費適正化」の圧力の中、保険給付の範囲を限定していく流れが強まることは確実です。実際に、本年10月から介護保険施設における居住費・食費(いわゆる「ホテルコスト」が利用者自己負担となりますが、社会保障審議会医療保険部会では、これを医療保険の療養型病床にも拡大することが議題に上っています。
患者の自己決定権を尊重する一方、患者の自己責任および自己負担を重くする傾向は、今後もますます強まることが予想されます。